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只今、三部作目を発表中です。 一部は、バンドマンの彼と、彼を想う美沙の切なく哀しい物語。 二部は、美沙の妹、真幸の苦悩と、バンドマンの彼との関わり。 三部は、姉の美沙を探し、自分の存在価値が見つからない妹・真幸が、バンドマンの彼との関わりの中で大人になっていく様子。 ブログランキング参加しています。よかったらクリックしてくださいね^^ 人気blogランキングへ カテゴリ
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目が覚めた。時計を見ると、六時十三分を差している。遮光カーテンの隙間から差し込む夕日が白いフローリングを淡くオレンジ色に染め、その中心ではヒューウィーが黄金色に輝いて眠っていた。どうやらソファで寝てしまったようだ。 真幸はゆっくりと身体を起こし、どこを見るともなく空中を見ている。真幸が起床に気づいたヒューウィーは足元で甘えるようにまとわりつき、抱っこされたいのか、登ることができずにソファをカリカリと引っかき、ピョンピョンと跳ね、時々転ぶ。 早川が辞めた――どうしてこれほどにショックなのだろう。少し教育して食事を断っただけの関係。いい子だな、という好意を持ってはいたけれど、恋愛対象ではなかった。ショックを受けるほどの間柄ではなかったのに、どうして…。 近くの大通りを通ったバイクの音が気に障る。真幸は窓を閉めようとゆっくりと近づいた。 藍色から夕日に向けてオレンジ色のグラデーションが掛かっている空に、雲と建築物が逆光で灰色に明るく沈んでいる。綺麗――真幸はその景色に見惚れた。ささくれていた心の凝りが溶けていくのがハッキリと解る。 そう。一度心に引っかかったことは確りと消化できるまで引っかかり続ける。ずっとそうだったからこれからも変わらないだろうけど、どうして私はそうなんだろう。今までも引っかかったことを友達に相談すると、それ気にすることじゃないよと笑われることが多い。そもそも気にすることじゃないのだろうか。気にする自分が変なのだろうか。 そのことについて、休日である今日のうちにじっくりと考えてキス健にメールで訊いてみたいけれど、五月まで後二日もある。まだメールできない。でもメールしたい。どうしよう……。 そういえばお姉ちゃんに八つ当たりしたことがある。確か、ずっと気にしていたことをお姉ちゃんに大丈夫よそれは真幸の思い過ごしよあっさり言われて、お姉ちゃんに何がわかるのと激しく言い返したことがあった。けれど、どうしてそうなったんだっけ……。 真幸はしばらく考えていたが細部を思い出すことはできなかった。 夕日を眺めていた真幸は躰の感覚が遮断されていて、足の甲にヒューウィーがアゴを乗せていることに気がつかなかった。ようやく気づいた真幸の視線に、ヒューウィーは改まるようについてちょこんとお座りし、何かを期待するようにふりふりと尻尾を振っていた。 真幸に抱えられたヒューウィーは、真幸の鼻を舐めようと首を伸ばして何度も空中を舐め続ける。 どうしたのまゆき。 きにするなまゆき。 ヒューウィーがそう言ってくれているように感じた。 五月まであと二日あるけれど、近況報告もかねてキス健にメールをしたい。でもそれは真幸にとって約束を破る行為のようで恐れがあったけれど、五月までメールをしませんと約束した覚えはない。確かにメールに返信していないことがそもそも無礼かもしれないけれど、理由も言わずに一方的に一ヶ月ほどメールができませんと言い切るのも同じように無礼ではないだろうか。 そう考えていて、真幸はぷっと吹き出してしまった。また自分で勝手に引っかかっていた。 この考え方がいけないのかもしれないな――真幸は決心した。 #
by misa1117es
| 2007-06-28 19:01
| [Ⅲ]第二章・真幸の日々
エキサイトの連日の不具合により、ご訪問の方々に多大なご迷惑をおかけしていますことをお詫びいたします。
原因は色々あるようですし、時間帯によっては異常がないようなこともあるようですが、夜間が非常に重いようです。日々改善はされつつあるようですが、完全復旧にはもうしばらくかかるようです。誠に申し訳ございません。 重ねて、こちらの更新も以前より滞りがちになっていて申し訳ありません。 「読んでますよ」と言ってくださる方々には申し訳なく思っていますが、もう少しお待ちいただければありがたいです。 今後の話の展開とともに、お楽しみにお待ちくださいね^^ #
by misa1117es
| 2007-06-19 04:43
| お知らせ
「じゃあ、今までの彼氏はどんな人だったの?」
「えっとぉ――」 高梨は言い淀む。真幸は妙な不信感を覚えたけれど表情に出さないように努め、高梨の言葉を待った。 「色々なタイプがいたけど、でもまーちゃんが一番素敵っ」 真幸は小さく溜め息を付いた。 「じゃぁこんどはアヤの番ー。まーちゃんの彼氏は?」 「え。え…」 どうしてかキス健が出てきてしまって、真幸は動揺してしまった。彼氏どころか、会ったこともない人物がどうしてこのタイミングに出てくるのだろう。今の話題は昔の彼氏についてだ。 「背が高くて、優しくてスポーツマン。勉強は普通だった。今はもう何しているか知らないなぁ。そんな感じだよ」 「どっちがコクったんですか?」 「彼」 「やっぱりー。で、キスはいつ?」 「いつだったかなぁ。確か…、五回目にデートした時かな…」 本当は明確に覚えていたけれど、ワザと惚けるように答えた。高梨の次の質問が予想できる。何とか回避できないものだろうか…。 「じゃぁエッチは?」 「え…。その次に会ったとき…」 「えー。やだやだー。まーちゃんはもう五回はじらすタイプだと思ってたのにー」 高梨は真幸を指すような視線で見つめていた。どんなタイプだと考えていたのだろうか。なんにしても、攻められるいわれはない。質問し返してやろう。 「じゃぁアヤちゃんは?」 「アヤネ? 初エッチのことですよね。中三で高二の彼氏と。痛いだけで早く終わんないかなって考えてて、終わったらなんか変な達成感がありました。これでアヤネも大人、みたいな」 高梨の話の内容に真幸は衝撃を受けた。 「中三…?」 「中三です。あれ? まーちゃん引いてる…?」 ドン引きとはこのことか――真幸は実感した。 「でもでも、アヤネより早い子もいましたよ。中一ですませてる子もいたし、噂だけなら小六って話も聞いたことあります。アヤネ真面目な方ですよぅ、ウリもやらなかったし。誘いはありましたけどね」 頭痛。 「それって…、笑って話すことじゃないよね…?」 「えー、でもぉ。アヤネ普通ですよー。超普通」 頭痛。 真幸はこれ以上の会話が怖くなった。 あまりにも人種が違いすぎる。大切な人に出会うまで性を守り抜くのが女のあり方だ、とは考えていないけれど、今の事実はあまりにも酷いのではないだろうか。それとも、高梨が話した事実の方が一般的で真幸が遅れていただけだろうか。 「まーちゃん…?」 確かに昔は自分の殻に閉じ篭ってお姉ちゃんに迷惑をかけるばかりの閉鎖的な性格だった。高梨みたいに天真爛漫な性格を嫌悪している反面、羨んでいるところもあったのかもしれない。しかし、今ははっきりと感じる。褒められた性格ではなかったけれど、高梨のような性格でなくてよかった。そう自信を持って言える。 「まーちゃん……」 真幸は視線を上げる。高梨は曇った表情で真幸を見ていた。 どんなに頑張っても他人にはなれない。自分は自分でしかなく、死ぬまで自分だ。高梨は明るく話していたけれど、もしかしたら自分の行動に少しの疑問を感じている部分が少しはあるのかもしれないが、しかし人間は、言葉を知らないと自分の感情すら把握できない。そういった把握できていない混濁した感情を抱えたまま時間が過ぎてしまう。高梨もきっとそうなのだろう。曇った表情からそう読み取れる。が、しかし―― 「アヤちゃん…」 「はい」 「ううん。なんでもない」 真幸は溜め息をついた。 「あ、そうそう。そういえば早川君辞めちゃいましたね。何があったんでしょうね」 「辞めた…? 本当に?」 「あれ? まーちゃん知らなかったんですか? あ、そっか。昨日は一日外回りでしたもんね。辞めちゃいましたよ」 早川の誘いを断ったことが嫌でも思い出される。しかし、そんなことで会社を辞めるだろうか。そうだとすると子供過ぎる。いや、やはりそれはないだろう。もっと何か他の理由があって辞めたのだろう。そうとしか考えられない。 もし、誘いを断ったことに少しでも原因があるのなら、それは真幸のせいではない。断られること、上手くいかないことは常にある。ということは遅かれ早かれ辞めることになるわけで、その人間的な問題は早川自身が解決するべき問題だ。他人がどうこうできる問題ではない。 「そっか…」 そう考えても、早川が辞めたことが真幸にはショックだった。誘われたよるに恐怖を感じてしまったから、単純に可愛い後輩という感覚はなくなっていたけれど、それでもやりきれない気持ちが生まれた。 真幸は沈黙していた。考え始めると止まらなくなってしまう。昔からの悪い癖だ、と解っているけれどどうにもならない。 「もしかして落ち込んでるんですか…」 落ち込んでいるわけではない。ただやり切れない。入社してからの一ヶ月程度の関係でしかなかったけれど、自分なりに精一杯育成したから、思い入れがある。まるでスリに遭って不当に財産を奪われたような不快さを覚えた。よく考えてみると、奪われても戻ってきても人生においてたいした出来事ではないのだけれど、腹が立つ。 真幸はぼやけていた焦点を高梨に合わせた。高梨は心配そうな表情をして真幸を見つめていた。その真っ直ぐな視線に息苦しさを覚えて、真幸は目をそらす。 「まーちゃ…」 唇を塞がれた。反射的に高梨を突き放す。 「なにするの!」 高梨は無言だった。 「なにするのってきいてるの! もうキスしないでって言わなかったっけ?!」 高梨は無言だった。 「帰って」 高梨は無言だった。 「今すぐ帰って!」 高梨は無言のまま真幸を見つめていたが、言葉の意味を理解すると挨拶もせずに帰っていった。部屋に残留している高梨の香水と生暖かい空気が、まるで真幸を攻めているようだった。苦しい。 キス健にメールをしたい――しかし五月まで後二日ある。真幸は自己嫌悪と諦観が混濁した意識の中にいた。カーペットについた染みをペロペロとなめているヒューウィーが視野に入って、ようやく自分が泣いたことに気がついた。 #
by misa1117es
| 2007-06-14 13:48
| [Ⅲ]第二章・真幸の日々
高梨は特別な用事があったわけではなく、単に真幸に会いに来たようだった。
新作の化粧品やファッションについていろいろと会話をした。高梨は自分が興味のある会話をするときはやや早口になる。どちらかというとオシャレに詳しくない真幸だから、こういう話題をされるのは非常に助かり、そして楽しい。 「まーちゃんは大人っぽくて男性的な雰囲気があるから基本はスレンダー系モノトーンで決めて、アクセサリーで色を使う感じに女性らしさを演出するともっともっと魅力的になると思います。アヤネわかります」 「そうなの?」 「絶対ですぅ。そうしてくれたら、アヤネもうメロメロです」 スレンダー系モノトーンに当分はなるまいと真幸は決心した。 たわいもない会話が続く。脱線しては本線に戻り本線に戻ってはすぐ脱線して、そしてオチはない。 「あははっ。それってけっこう立場なしですよね」 「アヤちゃんもそう思う?」 「思うおもうー。アヤネだったらチョー最悪って言っちゃうかも」 「最悪は言いすぎだよ。あはっ――はぁ苦しい」 真幸はぽんぽんと手を叩いた。 「ははっ、ひー。手を叩かないでくださいよー。アヤネも苦しー。ふぅ。あれ、もともとなんの話でしたっけ?」 「えっと、アヤちゃんが『そういえばアヤネ昨日変な男を見た』って始まって」 「えー。その前にまーちゃんがアヤネに『ジョニーデップってかっこいいよね』ってきいたんですよー」 「そうだったっけ?」 「そうですよ」 「あ、そうかも」 「かもじゃにゃい。ほらアヤネの勝ちー」 「にゃいって」 「にゃいー」 「にゃいー」 真幸は心から楽しんでいた。 この街に引っ越してきてから、こんなに楽しい時間を過ごしたのは初めてだった。この街の雰囲気は好きだし、散歩して色々と気に入った景色もあってご近所に挨拶もしたけれど、友人や友達はいなかったから、いつも一人だった。時々おねえちゃんのことを思い出して苦しくもなったけれど、今はもうそんなことはない。高梨の可愛い笑顔もあるし、愛くるしいヒューウィーもいる。 「あ、そういえば」 「ん? なに」 「アヤネ今日もまーちゃんのことが好きです」 でもやっぱり恋人関係にはなれないと真幸は感じた。アヤちゃんゴメンネ、と心の中で答えてみる。 「そういえば、アヤちゃんに訊きたいことがあったんだけど、訊いていい?」 「えー、なんですかぁ? でもまーちゃんからの質問だったら、アヤネなんでも答えちゃうかも」 そういうと高梨は嬉しそうな含み笑いをした。 「えっとね――アヤちゃんってさ」 「はい」 「ずっと女性が好きなの?」 「えー、違います。アヤネノーマルですよー。女より男の方が好きですっ」 「え、だって…」 「まーちゃんは特別。女が好きなんじゃなくて、まーちゃんが好きなんです」 それってもっと性質が悪いのではないだろうか。 #
by misa1117es
| 2007-05-29 00:23
| [Ⅲ]第二章・真幸の日々
ピンポーン、と遠くで呼び鈴が鳴っているのが聞こえる。ヒューウィーはすでにドアの前で唸り声を上げ、時に吠えている。ベッドから起き上がった真幸は、最大限に活発な意識で行動を起こしていたつもりだったが、実際にはナマケモノのようにゆっくりとした動作で玄関へと向かった。パジャマが酷く肌蹴ていたけれどそれを気にする余裕はなかった。今しがたまで見ていた夢の心情が続いていて、現実の真幸も大胆な気持ちになっていた。
チェーンロックを外さずに、ほんの少しだけドアを開ける。新鮮で冷えた空気が侵入してきて真幸の体温を少し奪った。寒い。 「ヒュー、ダメ」 「まーちゃん。あれ…、まだ寝てた…」 高梨の屈託のない無邪気な笑顔がそこにあった。 「あぁ、アヤちゃん。おはよう」 ふわぁ、と大きなあくび。 真幸はチェーンロックをはずした。 高梨はどうしてかすぐに通路から玄関に入ってくることなく、立ち尽くして真幸を眺めていた。 「あれ…? どうしたの? 上がっていいよ」 「あ。うん。上がる…」 あれ、まだ寝ぼけてるのかな?――部屋の照明を無意味に眺めながら真幸は考えていた。変に現実感が乏しい感覚。キッチンを眺める。足元のヒューを眺める。携帯を眺める。掛け布団がめくれ上がりシーツがシワくちゃのベッドを眺める。やっぱり現実だ。 ふいに手を握られた。掌に温もりが伝わってくる。 「まーちゃん。どうしたの?」 「ううん。なんでもない。寝ぼけてただけ。大丈夫、起きたから」 真幸はさり気なく手を離した。 「よかった。なんかボーっとしてたから、大丈夫かなってちょっと思っちゃいました。あ、朝ごはんまだならアヤネ作ります」 「ありがとう。でも今日は昨日作ったカレーのあまりがまだ少しあるから」 「カレー? 普通に売ってるヤツのですよね。カレーに牛乳かチーズ入れます?」 「牛乳かチーズ? 入れない…」 「隠し味に、チョコとか味噌とかは?」 「入れない…」 「入れたほうが美味しくなりますよぅ! コクが出る感じ。じゃぁ次、アヤネに作らせてくださいね」 高梨は同性でも魅力的に感じるキラキラした笑顔をしていた。よく見ると、今日もとても可愛い格好をしている。 毛先がふうわりと空気を含んでいるような柔らかい女性的なカールをした髪型。キラリと輝く少し大きめなダイヤのピアス。唇には艶やかにグロスが塗られているのに濃いメイクではなく、頬がピンク色を帯びた愛しい顔立ち。暖かみのある柔らかで抑えた色彩の柄物ワンピに、クリーム色で無地の柔らかい質感のジャケット。胸元では左右非対称のハートのネックレスがいつもどうりに輝いていた。 「アヤちゃん。今日この後予定あるの?」 「どうしてですか?」 「いつにもまして格好が決まってるから、なにかあるのかなって」 「そんなことないんですけど。でもそれって…?」 「それって?」 「アヤネを気にしてくれてるってことですよね」 墓穴を掘るとはこのことか――真幸は実感した。 #
by misa1117es
| 2007-05-25 17:18
| [Ⅲ]第二章・真幸の日々
「工堂さん。お疲れ様です」 「早川君? どうしたの。なにか忘れもの?」 「あいかわらず働いてますね。はい、コーヒーです」 コーヒーが欲しいタイミングではなかったけど、真幸は口をつけた。味わい深い香りと心地よい苦味。温かみがのどを落ちていくのを明確に感じる。空腹もあるのだろう。美味しい。 ふう、と一息つく。 早川はまじまじと真幸を見ていた。 「ん?」 「工堂さんって、本当に美味しそうに飲みますよね」 「そう?」 「はい。おもわずもう一杯くらい勧めたくなります」 「ありがとう」 一息ついたことで緊張感がすっかりと失われてしまった。予定していたところまで仕事が進んでいなかったが、今日はもういいか、と思った。 「そういえば早川君、何か忘れ物でもしたの?」 「忘れ物……、じゃないです。工堂さんに用事があって」 「私に?」 なんだろう――真幸は今日一日のことを簡潔に思い出してみた。しかし、早川がミスしたということや、早川に影響がでるような、なにかの手違いやおせっかいをした覚えはない。それとも、メールの返信が遅いことだろうか。もしそのことについて何か言われるなら、メールの応信を止めてもらおう。 「今日この後食事でも行きませんか?」 「え…? 食事……」 「どうかなって」 「え、えと、今日は、予定があるの。だからダメ……」 「じゃぁいつなら大丈夫っすか?」 早川は笑顔を崩さない。怯んでいるのはむしろ真幸のほうだった。 「いつなら……」 いつならいいのだろう。いや、そういう問題ではないはず。そもそも早川は恋愛対象に入っていない。そういう相手と食事に行っても良いものだろうか。変な気を持たせるのも悪い気がするけど、同僚と食事するということくらいでこんなに悩むことではないか。 早川は嫌いではない。回りに上手く気を使い、苦労しながらも日々前向きに頑張っている。そんな部分に好感を持っているし、こうやって誘われたこと自体に悪い気はしない。さっぱりとしてさらさらな短い髪や整った顔立ちも真幸の好みではある。確か似た容姿のアイドルがいたはずだ。だけど何かが足りない。もう一つ、いや、二つくらいだろうか。何かが足りない。 「早川君、誘ってくれてありがとう。でも、今回は遠慮する」 「じゃ、次ぎ誘ったらOKしてくれるってこと?」 「……次も多分遠慮かな」 温和な笑顔が崩れることはなかったが、目から表情が消えたのを真幸は見逃さなかった。怒ったのだろうか。しかし、これは仕方がないことだ。 早川は何かを考えているようで、こちらを見ているようだけど真幸に焦点が合っていない。 「ごめんね。そういうわけだから」 「は」 早川はにこやかな表情のまま、そう一言だけを言葉にした。表情と意識がずれている。異様な気持ち悪さを感じたので、真幸は視線を外さずにはいられなかった 「わかりました」 そういうと早川はオフィスを出ていき、舌打ちを一つした、ような気がする。真幸は早川の顔を見ていなかったのでその音は別の何かだったのかもしれない。 怖い、と真幸は感じた。強烈な恐怖。今のはなんだったのだろう。自分は疲れているのだろうか。 早く帰宅してヒューウィーの面倒を見よう――そう意識を切り替える。 溢れるばかりの嬉しさが表されている尻尾。何かの訴えを含んでいる、引っかくような仕草の自己主張。野生動物ということを完全に忘れ、弱点の腹部を完全にさらした仰向けの愛くるしい寝相。ヒューウィーのコロコロとしたかわいい仕草を次から次へと思い出しながら、真幸は必死に帰宅した。 #
by misa1117es
| 2007-05-21 09:21
| [Ⅲ]第二章・真幸の日々
時間の流れが速く感じる忙しい毎日が続く。そんな忙しい中でもついつい何度もカレンダーを見てしまう。今週で四月が終わり。五月になったらまたキス健とメール交換できる。それを考えるだけで仕事にも張りがでて集中力が増し、ますます時間が過ぎるのが早くなるのだった。 ずいぶんと仕事の遅れは取り戻せたとはいえ、まだまだ仕事は山積みだった。今はアルバイトではないという思いが、ここまでが仕事だという範疇を曖昧にさせてしまう。「これは私の仕事」「これは私の仕事かも」「これは私の仕事じゃないかもしれないけれどやっておこう」と感じるものに対して積極的に情報を集め、能動的に処理するようにしていた。 就業のベルが鳴る。 同僚が次々と帰っていく。真幸はちらと時計を見て「お疲れ様でした」と生返事をするだけで再び仕事に取りかかる。しかし残業代はつかないだろう。 残る仕事は、今週中に計画書としてまとめればよいものが三件あるだけだった。どれも八割方は処理してあり、少しの補強と、内容を煮詰めて明確なビジョンが伝えられるものにするだけだった。今日は高梨にヒューウィーのお世話をお願いしなくていいだろう。 「まーちゃん」 呼ばれて振り向くと頬に指が刺さった。高梨はクリクリと大きな瞳を輝かせて嬉しそうな笑顔で真幸を見つめている。時計の針は六時一二分を示していた。 「ちょっと…。会社ではなるべくそう呼ばない約束でしょ?」 「だって。もうほかには誰もいないですよ」 「そういうことじゃなくて…」 「アヤネ、真幸さんの後ろに立って五分くらいいましたけど、全然気づいてくれないから、ついイタズラしちゃいました。すいません」 「全然反省しているようにはみえないけれど?」 「はんせいしてまーす」 高梨は屈託のない微笑みをみせる。その微笑みに真幸は不快がすっかり消えてしまった。 「真幸さん、今日はお世話しますか?」 「ううん。今日はもう終わりにしようと思ってるから、大丈夫。ありがと」 「じゃぁ一緒にアヤネ帰ります。待ってますね」 「いや、いいの。ちょっと今日は一人で帰りたいから。ごめんね」 高梨の表情が少し曇る。 「わかりました。…じゃあお疲れ様でした」 そういうと高梨はすぐにオフィスを出ていった。遠ざかる足音のリズムはいつもより早く、機嫌が悪いのを示しているように感じた。 さぁ、もう一仕事してデスクを片付けて帰ろう――真幸は集中モードになり仕事に取り掛かった。しかしすぐに、こちらに近づいてくる足音が雑音として耳に入って、集中モードは遮断された。高梨は忘れ物でもしたのだろうか。 真幸が振り向くと、そこに早川がいた。 #
by misa1117es
| 2007-05-16 11:21
| [Ⅲ]第二章・真幸の日々
翌週はとても忙しい日が続いた。新刊が通常の三倍あり、その中でも少年少女向けの書籍が半分以上を占めていたことでポップ作成やポスター関係の雑多な業務が山積して、その処理に真幸も借り出された。仕事に関わらず、未経験のことに対して要領を掴むまでが遅い真幸は、ミスこそはしなかったものの手間取ってしまっていた。高梨は常に真幸を気にしているようで、真幸が手間取っているとすぐにサポートしてくれる。しかし、それでも厖大な雑務は部署全体を重く苦しめ、結果真幸の仕事も予定より遅れてしまっていた。 予定に間に合わせるために遅くまで残業をしなければならない日には、高梨にヒューウィーの世話をお願いした。残業を終えて帰宅すると高梨が暖かい食事を作って待っててくれている。その暖かさに触れると疲れが吹き飛んだ。 高梨は真幸との距離を肉体的にも精神的にも縮めようとしているようで、二人きりのタイミングには色々なアプローチをしてきていた。その行為に少しの嫌悪を感じているけれど、高梨の屈託のない微笑みや甘えた表情をみると、どうしても嫌悪が消えてしまう。もしかしたら許容し始めているのかもしれない。それでも、恋人関係は想像できないし、そうにはなれないだろう。単純に、同姓よりも異性に魅力を感じるからだ。 歓迎会以来、携帯メールの数が圧倒的に増えた。高梨からの親愛的なメールと、早川からのちょっとしたメール。携帯で文字を打つのがパソコンよりもさらに遅い真幸は、高梨と早川への返信で精一杯。二人からのメールは絵文字が動いているのに、真幸の返信は携帯にすでに登録されている顔文字を使うので精一杯だった。自分としては明るいトーンで書いているつもりだけれど、きっと内容は堅苦しいものになっているだろう。 #
by misa1117es
| 2007-05-13 22:50
| [Ⅲ]第二章・真幸の日々
トントントンと小刻みな心地よい音が聞こえる。真幸はそれが何の音なのかすぐにわからなかった。
懐かしく暖かい気持ちにさせられる芳香が鼻腔をくすぐる。どうやら高梨が何か調理をしてくれているようだ。まだぼんやりとしていたが、ゆるゆると真幸は起床した。 「おはよ。アヤちゃん朝ごはん作ってくれたの…?」 心地よい音は鳴り続けていた。高梨は振り返らずに会話する。 「あ! まーちゃん。おはよー。うん。あるもので作ってみました。あ、勝手に冷蔵庫開けてごめんなさい」 「料理できるんだ…」 「うん。まーちゃんと一緒に食べたくて勝手に作っちゃいました。でもアヤネ、簡単なものしか作れないですよ。もしかして……意外でした?」 心地よい音が停止して、高梨は屈託ない笑顔を見せた。千切りされたキャベツはサラダとして盛り付けられる。足元でヒューウィーはお利巧にお座りしたまま鼻をヒクヒクさせていた。 「でーきた。お口に合うといいな」 できあがった料理を高梨はテキパキとテーブルに並べていく。 こんなに甲斐甲斐しい一面を持ってるんだ――真幸はすっかり感心していた。 「アヤちゃんって結構甲斐甲斐しいんだね」 「海外シー? なんですかそれ? そういう料理はつくったことないですよ」 高梨から屈託のない笑顔が陰ることすらない。真幸はその明るさに影響されて、すっかり眠気がなくなっていた。 テーブルに並べられる料理。サラダ、けんちん汁、お新香、伊達巻、鮭ご飯。あるもので作ったといっているわりには、色並みが良い。こんな料理ができる材料があったかな、と冷蔵庫の中を思い浮かべてみる。どれもが食欲をそそられる色彩だった。 「まーちゃん。一緒に食べませんか?」 高梨は甘えた表情をして上目遣いで真幸を見ていた。 「本当にありがとうございました。アヤネ、こんなに楽しかったの久しぶりかも」 玄関先で高梨はキラキラの笑顔を見せる。真幸の足元では名残惜しそうにして、ヒューウィーがお座りしたまま尻尾を振り続けている。 「ううん。真幸もとっても楽しかったよ。アヤちゃん、朝ご飯ありがとう。美味しかった」 「あれくらいでいいならいつでも作ります。…っていうか、作らせて欲しいかも」 「そんな。次は真幸が作るよ。アヤちゃんほど料理上手じゃないけど」 「本当ですか? 超食べてみたいです。楽しみにしてていいですか?」 「楽しみにされるとちょっと困るな。ほんとに大したものは作れないから」 「そんなこといって……。でも、じゃぁまた来ていいってことですよね?」 高梨のキラキラの表情が少しだけ蔭る。昨日の夜の出来事が鮮明に思い出されたが、真幸はそれを忘れようと努めた。何かの間違いだったとは到底思えないけれど、高梨は悪い子ではない。 「もちろん良いよ。いつでも、とは言えないけど、連絡くれれば何とかできると思うから。また遊びにおいで」 「はい。ありがとう。まーちゃん」 高梨はドアを開けて帰宅しようと一度ドアを開けた。しかし何か言いたいことがあるらしくすぐにドアを閉じてしまう。 「アヤネ」 高梨は胸に手を当てて深呼吸を一つした。 「まーちゃんのこと本当に好きだから。諦めないから」 それをいうと、少し恥ずかしそうにして帰宅した。 真幸は困惑していた。同姓から告白されると考えたこともなかったから、どう受け止めれば良いのか判断することができない。しかし、高梨の日常になにかちょっとした問題があって、精神的に衰弱しているから他者に縋っているだけなのかも知れない。真幸が思い出せるだけでもいくつか思い当たる節がある。 きっと、まだ子供なんだろう――そんな風に真幸は考えてみた。 居間に戻るとテーブル上の携帯がブルブルと鳴動してメール着信を告げていた。マナーモードにしてあったけれど、振動のリズムでそれと判る。 送信者を見ると、早川からだった。 >おはようございます! 昨日は真幸さんの話で持ちきりでした。話題の人かもです! 明日から頑張りましょうって送って真下が、今日は休日でした。すいませんです。 僕は今帰り中です。お疲れ様でした。 ///早川/// きっと早川は徹夜明けなのだろう。変換が間違っている。そうメールを見ている真幸の頬をヒューウィーがペロペロと舐めた。せっかくの休日だけれど、今日は一日中寝ていよう、という気持ちが強い。この二日の色々なことで精神的に疲労しているようだ。酷い睡魔が真幸を襲っている。 お姉ちゃんならこんなときどうするんだろう――その問いは、睡魔によって霧のように散らばってしまう。ベッドに入るとすぐに深い眠りに落ちた。 #
by misa1117es
| 2007-05-09 09:35
| [Ⅲ]第二章・真幸の日々
「アヤちゃん、真幸のことが好きなら、とりあえず手を離して」
数秒の沈黙。その直後に真幸は両腕の自由を得た。上半身を起こして、目の前にちょこんと座っている高梨を見つめる。 「真幸さん」 薄暗闇の中でも解る。高梨はそういって、真幸をまっすぐに見つめているのだろう。 「アヤネ、ほんとうにホンキなんです。ほんとうに真幸さんのことが好きなの」 「でもだからって、普通寝ている隙にキスする?」 「…つい」 「ついじゃないでしょ? アヤちゃんは真幸にキスをする、というか、最初からそのつもりだったんでしょ?」 「そうじゃ…ありません」 「信じられないわ」 重い空気。そして沈黙。 真幸はただ困惑していた。嫌な気分というより、キスされたという衝撃が大きすぎて、自分が何を考えようとしているのかも分からない。 「おこって…る?」 「怒ってはないけど」 そういいながらも真幸は憮然としていた。 「ちょっと待って」 真幸は起き上がり、部屋の明かりをつける。のどの渇きが酷い。台所へ行き水を飲むと、ゴクゴクとのどが鳴った。水に甘味を感じる。 どうすれば良いの――明確な答えを見つけることができない。 寝室に戻る。高梨は真幸のベッドの上でちょこんと女の子座りをしたまま空を見ていた。 「アヤちゃん」 「…はい」 「真幸もアヤちゃんのこと好きだけど、それは普通に友達や同僚として好きというだけで、恋愛感情は持てないわ。キスされて驚いたけれど、ただそれだけ。悪い気はしないけど、嬉しくもないな」 「……」 真幸はベッドに腰掛けて高梨を見つめた。高梨も真幸を見る。 高梨は大人びた表情をしていた。憂い、というのだろうか。真幸を見つめる視線に、女として相手を求めるときの官能的な表情が含まれている。真幸はその表情に視線をはずすことを忘れて魅入ってしまっていた。 高梨は時々何か会話を切り出そうとしては、言葉を飲み込む。小ぶりの唇がキュッと結ばれて、少し震え、愛くるしい形をしていた。 「でも…、アヤネはやっぱり真幸さんが好き。自分ではどうしようもないの。だって、だって…」 高梨の大きな瞳から一粒の涙がこぼれた。その瞬間に真幸は許してあげようと感じた。 真幸はできるだけ優しい気持ちに切り替えた。そして表情を作る。 「もういいわ。よく考えてみたらキスされただけだしね。もう気にしてないよ。アヤちゃんのこと嫌いになってないから泣かないで」 そういって高梨の頭をなでる。緊張の糸が切れて、ふわぁと大きなあくびが出た。 「さ、じゃぁもうこの話は終わり。アヤちゃん、もうキスしないでね」 「…はい」 「真幸は眠いから寝るね。アヤちゃんも寝てね」 「あの…」 「ん?」 「真幸さんのこと、まーちゃんって呼んでもいい…?」 「まーちゃん?」 真幸はプッと吹き出してしまった。そんな愛称で呼ばれたことは今までにない。可愛い過ぎはしないだろうか。 「まーちゃん……ね。なんか変な感じ。しっくりこないな」 まーちゃんと自分を呼んでみる。でも、嫌な感じはしない。 「いいよ。まーちゃんで」 高梨は嬉しさで柔和な表情になる。少女のように純粋な愛くるしい喜びの表情だった。 「あ、でも仕事のときはダメだからね」 「もちろんわかってます! ありがとう…。まーちゃん」 高梨は少しの恥じらいみせる。その感じがまた愛くるしい。 「さ。アヤちゃん寝ようよ。真幸はもう眠くて」 真幸はもう一度ふわぁと大きなあくびが出た。 「まーちゃん」 「ふわぃ?」 「一緒に寝てもいい?」 「それはダメ」 「はい」 部屋のスイッチを切り替える。見慣れたオレンジ色の薄暗さが部屋を支配した。 「おやすみなさい」 ベッドにはまだどうにか温もりが残っていた。少ない温もりを求めてもぞもぞとヒューウィーが足元に入ってくる。彼はどうやら寝床が気に入らないらしい。辺りの匂いをかぎ、くるくると回り、シーツを引っかく。そうしてようやく満足したらしく、真幸の両足の間にぴったりと嵌って落ち着いた。ヒューウィーはとても暖かく、真幸を温めてくれた。優しい体温。 まるで動くカイロだな――そんなことを考えていた。 全身が温まってくると頭の隅が痺れてきた。ヒューウィーが呼吸する音。秒針が動く音。遠くでアイドリングの音。色々な音が明瞭に聞こえてくる。だが意識は少しずつ遠くなっていく。 冷えた空気が侵入してきた。暖かくてやわらかい何かが真幸に寄り添う。そして幸せそうな呼吸が耳元で聞こえた。ダメでしょ…、と声に出したつもりだが出ていないかも知れない。もう面倒くさい。眠い。 #
by misa1117es
| 2007-05-05 11:20
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