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只今、三部作目を発表中です。 一部は、バンドマンの彼と、彼を想う美沙の切なく哀しい物語。 二部は、美沙の妹、真幸の苦悩と、バンドマンの彼との関わり。 三部は、姉の美沙を探し、自分の存在価値が見つからない妹・真幸が、バンドマンの彼との関わりの中で大人になっていく様子。 ブログランキング参加しています。よかったらクリックしてくださいね^^ 人気blogランキングへ カテゴリ
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また朝が来る。
こんな時でも朝は同じようにやって来る。 まるで小説かドラマのようなセリフを思いながら、真幸はのろのろとベットから起き上がる。 何とか自分を奮い立たせて行っていた仕事へも、今日は行きたくない。だけど、この部屋にひとりぼっちでいるのは苦しいし、辛いし、嫌だった。そして、キス健に返信できないパソコンを見るのも嫌だ。 どうして。どうしたらいいの。なぜ、なぜ…そんな思いばかりが胸をよぎる。 外へ出たら気分が変わる、なんてことを思えなくもないが、とりあえず仕事にだけは行こう。そう思うと、いつもより簡単な身支度だけで部屋を出た。 会社へ着くといつもの仕事が待っている。ただただ、淡々と仕事をこなす。誰とも話さず、昼食も同僚から離れるようにして、ひとりで食べていた。 午後から月に一度ある、よその部署でサポート役に徹する仕事の日だった。仕事の内容はさして変わらないが、そう親しくもない人と話すことがとても苦痛で、いつまでたっても慣れない仕事だった。だから今日は余計にに辛い時間を過ごしていた。 そんな時、ひとりの人に声を掛けられた。 小さい返事をした。顔を上げると、にこにことした顔がこっちを見ている。 「今日はどうしたんだい? 何だか元気ないみたいだね」 「山下さん…」 彼は真幸が会社の中で話すことの出来る数少ない中のひとりで、普段からも時々声を掛けてくれる人だった。歳は真幸より3つ4つ上くらいの27,8歳くらいだろうか。いつもにこにこして、真幸を心配するかのように声を掛けてくれる。 だけど真幸にとって、そんな親切そうな彼でも他の社員と同様に、特別な好意のようなものはない。ごく普通に接していた。 「いえ、そんなことありません。寝不足なだけです」 「そう。早く寝ないとお肌に悪いよ」 相変わらず、にこにこと話す。 「工堂さんは美人なんだから、そんな暗い顔していたらもったいない」 「そんなことありません」 どうしてか彼は、いつもにまして愛想を振りまいている。 「ほら。そんな冷たいあしらいをする表情も、やっぱり素敵だ」 にこにこの表情が、いっそうその柔らかさを増して、さらに話しかけてくる。 「今月は先月に比べて新作が少ないから、あと2時間くらいで終了できそうかな?」 「いえ。2時間はかからないと思います」 「おっと。心強い発言だ」 彼はそういうと、何かを思い出したかのように手をぽんと打ち、少しトーンを落として、まるで内緒話をするかのように話しかけてきた。 「そうそう、工堂さん。前に言った、夜景の綺麗なレストラン、行ってみない?」 あぁ、そう言えば、前にそんなこと話したっけ…。真幸はぼんやりと思い出した。いくらそう誘われても、行きたいなんて全く思えなかったから、やんわりと断っていた。 その時、今になっても何故だか解らないが真幸は――はい。そうですね。行ってみましょうか――と答えていた。 「じゃぁ、6時に会社の前で」 にこにこしたまま去っていく彼の後ろ姿を見ながら――私は何をしているんだろう――そう思っていた。 長方形の小さな光がいくつも連続した黄みをおびたやわらかい輝き。蟻の行列のように窮屈そうに連なって明滅している赤い輝き。そんな都会的な夜景をインテリアの一部として取り入れた、高級感が漂っている場所での食事。普段の質素な一人暮らしからは想像もつかない、色鮮やかな料理がテーブルに次々と並べられて、その豪華さに少し真幸は気おされていた。 彼は真幸にワインをすすめていて、店の雰囲気に飲まれていた真幸は、何も考えることなくワインを口にしてしまっていた。 話題は真幸の私生活についてが多かった。相手は、普段真幸がどんな暮らしをしているのか、日ごろから興味があったんだろう。聞かれるままに適当に答えていたけど、何を話していてもどこかうわの空の部分がある。だけど、にこにこと喋る優しそうな人柄には少しの好感を持っていた。ここ何日かの真幸の中のもやもやとしたものもどこかへ飛んでいくような気がしていた。 「知ってる店があるから少しだけ飲みに行こう?すぐそこだから」 彼は突然そう言った。ほんのりと酔いが回って思考力が低下していた真幸は、少しだけなら、と思い付いていった。 小さなドアを開けると、奥に細長い店内。照明はぼんやりとしたオレンジ色で、カウンターの中には、働き盛りを感じさせる髭をたくわえた人柄のよさそうなおじさんがいた。 普段見たこともないカクテルを注文して、アルコールを薄めに作ってもらうように頼んでみたが、それでも真幸にはずいぶん強く感じるカクテルだった。 「さて、工堂さんは何か悩みがあるのかな?」 彼は一口お酒を飲むなりそう切り出してきて、真幸は思わず顔が歪んでしまった。 「いえ、特には何も……」 うつむいてつぶやいた。 「そう? 悩みがあったら言ってみなよ。言うだけでも気分が変わるから」 真幸は考える前に何かを発言しそうになって、しかしその言葉を飲み込んでいた。今言葉を発してしまうのは、どうしてか、何かが壊れてしまうという感じがしていたからだ。 「言いだせないならさ、ほら、くっと勢いづけにカクテル飲んでからでもいいしね」 何かが壊れるという不安と適度な酔いが手伝って、その言葉のままにカクテルを半分ほど一気に飲んでしまった。 「お。工堂さん。意外とお酒好きなんですね。こんなに飲めるって思っていなかったよ」 「自分でも……」 今何を言おうとしたんだろう。 「工堂さん。今日は下の名前で呼んでもいいかな」 「……」 半分残っている、淡い赤みをおびたカクテル。透明に澄んでいる氷は店内の照明を乱反射して、小さなルビーの集合体のような輝きを放っていた。真幸はその輝きをじっとみつめていた。 「真幸さん」 彼は今、自分の名前を呼んだのだろうか。きっとそうなのだろう。真幸はアルコールで火照っている体と、どこかがひどく冷めている頭の中に、ただ戸惑っていた。 「まゆき、…さん」 「……はい」 小さなルビー達のあいかわらずの輝きが真幸の心を刺激していた。真幸は、カクテルグラスにキスをするようなゆっくりとした仕草で唇をよせて、そのまま残りを飲み干した。 「……でもやっぱり。悩みはありません。一人を寂しいと思っていませんし、そんな風に考えるのは、どこか、そう……、弱い人間なんだと思います」 自分は今何を言っているんだろう。 「私は悩みなんてありません。強くなりたいとも思っていませんけれど、弱い人間は……」 真幸は、彼の背後の壁にかかっていたハガキくらいのサイズの抽象的な絵に一瞬目を止めた。 「弱い人間は、きっと、手にすることができないことを知っていているから、それを手に入れたいけれど手にすることができないことを知っているからこそ、わがままな行動をしてしまうんだ、……と考えます」 自分は今何を言っているんだろう。 彼はにこにこしたまま、少しだけ目を細めながら真幸を見つめていた。 「そうだね。そういう部分もあるかもしれないね」 彼はビールを飲み干してベルで店員を呼び――このビールをもう一杯。あ、彼女の分もお願いします。その同じもので――と注文した。 「それじゃ真幸さんは、そういう部分を持っている人間が嫌いなのかい?」 彼は何を言っているんだろう。 「いえ。そういうことじゃなくて…」 どうしてか真幸はためらっていた。無言の時間が流れる。その間、彼はにこにことしながらも真幸から全く視線を外すことはなかった。 何かを言わなきゃ――そう思う。しかし、いろいろと混ざり合った感情だけが真幸の中で常にうねり合っていて、言葉にすることができない。 しばらくして、お待たせしました、と店員が注文の品を持ってきた。 彼はビールを何回も口にしながら、あいかわらずの表情で真幸から視線を外すことはなかった。 手元に置かれたカクテルは、よりいっそうルビーのような輝きを増していて、真幸をとりこにしていた。 真幸は、自分のなかで何かがうずくのを覚えていた。初めてキスをした夜の公園や、短い付き合いだった彼氏のこと。 自分の内からわきあがってくる衝動に、恐怖を感じた。 「すいません。ちょっと酔いすぎました。今日は、そろそろ帰りたいと、思います」 得体の知れない恐怖を打ち消すかのように、無意識のうちにそう口にしていた。 「今日、真幸さんの悩みを話して欲しい」 「いえ、今日は帰ります。……誘っていただいてありがとうございました」 「だめだ。悩みを話してからだ」 「いえ。あの」 「どうしてそう強がる? 人間なんてみな弱いものじゃないか。だから、誰かに頼ったりすがったりして、自分をごまかしたりやり過ごしたりして、今日を生き抜くんじゃないか! 誰かに頼る、甘える、ということはそんなにいけないことかい?」 にこにことしていた表情は消えていた。何かを伝えようとする凛とした本気の表情が、真幸のどこかに引っ掛かっていた。 どうしてか、今の言葉は聴き覚えがある。いや、似たような言葉で全く同じではなかったのかもしれない。いつだったろうか。どこだったろうか。 「真幸さんの表情を目にすると、僕はどうしても声を掛けたくなる。これだってごく普通の気持ちじゃないか。真幸さんの表情は時に僕を苦しめるんだ。笑わせたくなる、ほぐしたくなる。どうしてそんなに強がり続けるんだ? 人間は一人では生きられないものだろう? 僕のことが頼りにならないから? 自分が正しいと思っているから? いや、それはどっちだっていい。僕は、真幸さんの笑顔がみたいし、……いや、理由はそれだけかもしれない」 上気したのか、そう言い終えると残りのビールを一気に飲み干した。どんなことでもいいから何かを発言するべきだ、という警告にも似た感情が真幸を支配していた。 「……なんだかまくし立ててしまったね。もしかしたら言い過ぎたかもしれない。でも、真幸さんはもう少し他人に頼るべきだ。悩みを打ち明けるべきだ」 確かにそうかもしれない。でも、今は何も言えない。だけど、その優しい言葉に、真幸は少し心が暖かくなるのを感じていた。 一時間くらいいたのだろうか。外へ出ると、小雨が降っていた。 「予報より早く降り出したね。そのへんのコンビニで傘でも買おうか」 「いえ、いいです。このまま濡れて帰ります。」 真幸は本気でそんな気分だった。このままでは、衝動を抑えきれなくなってしまう自分がいる可能性を感じていたからだ。 ありがとうございました――そういって深々とお辞儀をして小雨の降る中へと歩き出した。 「そんなことしちゃ風邪ひくよ」 そう言って彼は真幸の手を掴み、そのまま肩を抱いた。真幸は一瞬硬くなったが、普段飲まない酔いも手伝って、そして突然触れた人の体温の温かさに、どうしてもその手を振り払うことが出来なかった。 雨の降る中、小さな雨よけの中で身を寄せ合って歩く。そんな出来事に真幸は、小さなうずきに従ってしまえというような、半ばやけくそのような、もうどうでもいいような気持ちで歩いていた。 彼が向かう先にホテル街があるのは知っていた。その人は黙って真幸の肩を抱いたまま、まっすぐそっちへ向かって歩き続ける。真幸は不思議だった。何故こんなところを、何故この人と歩いているんだろう――そう思った時、彼が急に立ち止まった。 そして…真幸にキスをした。 抵抗すれば出来ただろう、何故しなかったのか解らない。 そして、一度唇を離し、少し時間を置いて、再びの、少し長いキス。 しかし、真幸には、なにも感じないキスだった。 ただ、ボーっと立ち止まってしまっていた。 その時、お姉ちゃんの顔が浮かんだ。 それとほぼ同時に、胸の中にはキス健への想いが込み上げてとまらなくなってしまった。 真幸は彼を突き飛ばして、払いのけた。 そして、雨の中をどこまでも走って、走り続けて駅に行き電車に乗り、家に帰った。 ドアを閉めた途端どっと涙が溢れてきた。声を上げて泣きたい気持ちを押し殺して、泣いた。 泣きじゃくったまま、真幸はパソコンの電源を入れた。 この前、どんなことを書いてキス健に返信しただろう。 そのことがどうしても気になってしまったからだ。 好きな人に、もう二度と「好き」と言えなくなった自分がここにいる。こんな自分になるなら、あのメールを書いていたあの時の方がまだマシじゃないか。そんな風に自分を責めながらメールボックスを開いた。 そこには、キス健からのメールがあった。
by misa1117es
| 2006-12-23 00:26
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